「ひばだよ」と「へばちゃん」

(9月21日)

 能代市に住んでいた曽祖母が亡くなり、関東圏から葬儀に参列した小学3年の女児は、家族や親戚と交流を深め、そこで聞いた方言をノートに書いていたと、その子の祖母が語っていた。お気に入りの言葉は「ひば」だそう。
 ただ、その「ひば」をどんな場面で拾ったのか、よく分からないので戸惑っていた。「ひ(へ)ば」は案外に多様な使われ方をし、解釈も広がりを持つからで、「どんな意味があるんだっけ」と問われた。
 すぐに浮かんだのは別れの挨拶(あいさつ)語の「さようなら」。先日遠くからふるさとにやって来た幼なじみが懇談会を終えて帰り際に言った「ひばだよ」には、「じゃあ、さよなら。でもまたいつか会おう」「取りあえず帰るけど、今度また旧友たちと」という願いが込められていたと感じた。
 次に浮かんだのは「へばちゃん」。昭和51(1976)年に放送されたNHKの連続テレビ小説「雲のじゅうたん」の主人公・真琴を演じた浅茅(あさじ)陽子さんについた愛称である。
 旧八竜町出身で女性パイロットの及位(のぞき)ヤヱさん(1916─2005年)らをモデルにした物語で、大正から昭和にかけての秋田と東京を舞台に、鳥のように大空を自由に飛びたいという夢に向かって飛行家になる女性の半生を描いた。秋田出身の明るいヒロインがたびたび訛(なま)って「へば」を使ったのだ。
 この場合の「へば」は、「へば、こうせば」。つまり「それならば、こういうやり方をしたらどうかしら」といった提案・変更を言う際に使ったように記憶する。それと別に、仲間に明るくバイバイするシーンで「へば!」と。
 ついでに記すと、浅茅さんは後に「へばちゃんの台所」という本を出し、同名のテレビドラマに主演した。
 改めて県教委刊の「秋田のことば」を調べると、「せば、ひば、へば」は「そうすれば・では」の意で、「そうすれば」から変化したものと考えられるとし、標準語で言い換えるときは「それでは」を用いるのが適切と説明している。
 都会に戻ったひ孫は、きっとノートを広げて、ひいばあさんを思い出し、「ひばだよ」と話し掛けていると想像した。(八)

 


 

北海道地震の大停電と新聞発行

(9月15日)

 日本新聞協会発行の「新聞協會報」の11日付の一面トップに目を奪われた。「大停電 新聞発行に打撃・北海道で震度7」の見出しに、停電した札幌市内の写真。
 道内各地の新聞はどうなっているだろうか、顔なじみの地域紙の経営者や編集幹部はどのような対処と判断で発行を進めたのか、などと気にはなっていたのだが、テレビ新聞の被害状況や捜索や復旧に関心がおよび、新聞社の動静の情報は探さないままでいた。
 記事によれば、6日未明の地震の影響で道内全域が停電に見舞われ、新聞印刷工場が相次いで稼働不能に陥った。北海道新聞の六つの工場のうち本社工場だけが非常用電源装置を設置していたそうで、同社の同日付夕刊は全域分を本社工場で印刷、さらに災害時援助協定を結んでいる社の夕刊も印刷、7日付朝刊も同様の対応となったとある。
 一方で、室蘭の新聞社は6日付の夕刊発行を断念、苫小牧の夕刊紙の移動新聞発行車を借りて、A3判の両面カラーの号外を300部発行したそうだ。釧路の朝刊紙は非常用電源を借りて、7日付のプリンターで刷り出した。A3判モノクロ1㌻であった。8日付の印刷は十勝の地方紙に依頼したとある。 
 平成23年3月11日の東日本大震災の大停電を鮮烈に思い出した。
 小社は機能不全に陥り、新聞を発行できるかどうかの瀬戸際に。リース会社から非常用電源を借りて、取材を済ませた記者は暗闇の中にローソクをともし、懐中電灯を照らしながらパソコンで原稿を書き、一方でさらに容量の大きい電源装置を手配し、ユニッククレーンの付いた車をある建設会社に運送を依頼、さらにはガソリンの求めに走った。
 そうして号外スタイルでA3判片面白黒刷りを翌日未明にでかし、能代市内の一部に配達、電源が回復した後の夕方に正式な新聞(4㌻)を印刷、とりあえず大型店や商店街で配り、翌日に2日分を一緒に配達した。
 一昨年12月に秋田魁新報社と災害時相互援助協定を結び、緊急時の備えは強化されたが、いざとなれば混乱は避けられまい。7年半前の3・11の教訓を忘れず、伝えたい。(八)

 


 

選挙は続く、来春は県議選

(9月9日)

 鹿角市・郡選出の自民党の県議会議員(67)が先月下旬、来春行われる任期満了の県議選へ出馬表明したと知った。6期目を目指し、「初心を忘れず、新たな決意を持って、挑戦する」と述べたそうだ。
 林業関係の地方議員連盟全国連絡会議の会長に就任、その祝賀会に支持者や各界代表が集まる機会をとらえてのことだったが、県議選に向かう多くの現職や新人は熟慮を重ね、後援者の理解と応援のめどがついた年末から年初に表明するのから比べれば、随分と早手回しである。
 鹿角の選挙区は定数2。もう1人の現職に新人が出て激戦が必至と読んで、早めに組織を固め浸透を図っていく戦術なのか、ベテランが先行することで若手の台頭を抑えようとする戦略なのか、そこのところはよく分からないけれど。
 能代市でも昭和の終わりの頃、8月末に出馬表明した現職がいた。その前の年の暮れから正月明けに病気で入院したことで、翌春の県議選に出ないのではとのうわさが流れたが、回復した姿を支持者に早く見せ、盤石の態勢で本番に進む決意を披瀝(ひれき)したのだ。結局、圧勝のトップ当選を飾った。
 鹿角のいち早い出馬表明でもう一つ思ったのは、4年という月日が流れるのが速いということと、地域紙として何だか毎年何かしらの選挙報道をしていることだ。
 前回27年の県議選の後、藤里町長選、28年は藤里町議選に参院選、29年は県知事選に、能登祐一氏の死去に伴う能代山本県議補選、衆院選、今年は能代市と三種町、八峰町の首長と議員を選ぶ「おらほの選挙」、そして来春また県議選。
 能代山本の県議は通常選の佐藤信喜氏(43)、高橋武浩氏(56)、薄井司氏(58)と補選の吉方清彦氏(47)。
 いずれも初当選組で、年齢からして当然、2期目を目指して出馬するものとみられるが、どのタイミングで表明するだろうか。 
 自民の佐藤氏は三種町、同じく自民の高橋氏は能代市二ツ井、薄井氏と吉方氏は能代市で無所属出馬だった。地域のバランスや政党の状況からして、旧能代市の自民党候補として誰が浮上するのかが、今後の焦点であり、注目である。(八)


 

「万引き家族」を15人で鑑賞

(9月5日)

 能代市柳町のイオン能代店の3階にあるファミリーシアターで年に5、6本鑑賞する。子どもの頃から映画が好きであることのほかに、内容によっては「今週のおすすめ映画」として紙面で紹介することも兼ねて。
 大概は平日の早い時間なのだが、話題の作品であっても入場者は数人。8月に山田洋次監督の「家族はつらいよ3」を見た時は3人、いつだったかは自分1人で、もう少し鑑賞する人がいてもいいのにと思う。
 ところが、4日午後0時10分に上映開始の作品では、意外や意外、何と自分も含めて入場は15人を数えた。アニメや若い人向け、ごくまれに上映される洋画は別にして、邦画でこんなに人が入っているとは驚き。
 上映作品は、是枝裕和監督の「万引き家族」。今年5月の第71回カンヌ国際映画祭で最高賞のパルムドールに輝いた人間ドラマ。
 日本の作品でパルムドールは1997年の今村昌平監督の「うなぎ」以来21年ぶりとあって、6月8日の公開以来、国内では観客動員が1カ月で300万人を超えるヒットとなっており、8月31日からの能代上映も、遅まきであっても観客を呼んでいるというわけだ。
 作品の内容は「見てどうぞ」だが、親の死亡届を出さず年金を不正に受給し続けて家族が逮捕された事件に、是枝監督が着想を得て構想10年近くをかけて作り上げたという。
 貧困や虐待、DV、孤独、家族のありかた、血のつながり、他人との関わり、絆といったことを絡み合わせながら、リリー・フランキーや安藤サクラ、樹木希林ら個性的な俳優が演ずる作品に対する感想は、見る側さまざまであろう。けれど、問い掛けるものがあり、考えさせられ、心に響く何かがあるはずだ。
 ジャスコ時代からイオン能代は28年目。当初は2館併設が、採算面から映画館構想が断念の方向に。失望と不満が広がる中で、消費者代表らが再考を訴え、経営トップの判断で1館を設けることになった経緯がある。
 99席と小さくても、映画館があり、優れた作品の上映があることはありがたく、今後も折りをみて足を運びたいと「万引き家族」を見て思った。

(八)