「ごしゃがれる」で「きまげる」

(12月2日)

 先日、仕事をしながらテレビニュースを聞いていた70歳を少し過ぎた女性が、「わいーっ、ごしゃがれで、きまげだべが」と声を上げていた。
 先月26日午後、行方不明になっていた東京都世田谷区の小学6年生の男子が、神奈川県横浜市のコンビニ店で無事保護されたという報道。少年は3日前の23日未明に自宅を出たまま戻らず、家族が警察に届け出て、顔写真を公開して情報提供を呼び掛けていた。
 冒頭の女性の言葉は、少年が兄弟げんかをして親から注意され、両親が就寝中に外出したとみられる、と報じられたことに対する感想だった。
 「ごしゃがれる」は「怒る」の秋田弁である「ごしゃく」の受動態で、「怒られる」と意味する。「きまげだ」は「怒る」あるいは「腹立つ」を言い表す「きまげる」の強調形。
 つまり、親に叱られて腹を立てた少年がこっそりと家を出たのではないか、そして帰るに帰れない状態になったことを案じ、無事の知らせにほっとしたようだった。
 「ごしゃぐ」も「きまげる」も案外出る方言だが、語源は分からなかったので、県教委の「秋田のことば」で調べると、「ごしゃぐ」は「後世を焼く」あるいは「五臓を焼く」が転じて訛(なまった)った可能性があるとしている。「きまげる」は「肝焼ける」の転訛とみられる。「五臓」も「肝」も焼けるほど心を悩まし怒ることを指すのだろうか。
 「後世を焼く」の「後世」は生まれ変わった後の世のことで、怒りや恨みが起れば後世を焼き尽くしてしまうので、これを慎むことを求めた仏教用語だという。
 少年と親の間にどんな言葉のやりとりがあったのか、家出するに至る切実の思いは、親の不安と心配はいかばかりであったのか。
 この能代山本でも過去に、親とのいさかいで子どもや若い女性が家出したり、冒険が過ぎた迷子があり、周囲を心配させてきた。そのことを思い出しながら、「ごしゃぐ」「きまげる」も必要ではあるけれど、慎重にと思った。

       (八)